IIDA KASATEN 2

平成二十七年 春・秋

イイダ傘店 - 中編 -

イイダ傘店 10周年記念
日傘・雨傘 アーカイブ展

2021 Photo & Text_Scandinavian fika.


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IIDA KASATEN 2

イイダ傘店 10周年記念 アーカイブ展

あれから10年── 。このさき10年── 。
何かをはじめるときも、続けるときも、「10年」という時間は私たちの日々に たしかな「しるし」を刻んでくれる。

10年前、東京の世田谷ではじめて出会った青年が、手に抱えた大きな袋から取り出した手作りの傘。それまで見てきたどんな傘とも違う、気品に満ちた傘。工芸品のような手元の、木の感触と重み。パンッとはじける心地よい張り。何度も見惚れてしまう傘模様と曲線美。
雨の日も晴れの日も、傘をひろげ、傘を見つめ、傘をつくってきた、傘作家・飯田純久さんの10年。
イイダ傘店がひろげた「10周年」という大きな傘の下に、みんなが集まってきた。
平成二十七年、春。イイダ傘店 10周年記念。「日傘・雨傘 アーカイブ展」へ。

「アイスクリーム」の日傘

平成二十七年・春 東京

春が近づく東京。青山の骨董通りをてくてく。2015年で10周年を迎えるイイダ傘店。10周年記念展示会のオープニングを飾る東京会場は、初開催となるライトボックススタジオ青山。会場内はすでに、傘と出会うためにやってきたたくさんのお客さんでにぎわっています。
平成二十七年の「日傘・雨傘 アーカイブ展」には、イイダ傘店の10年間の思い出がいっぱいつまっています。色とりどりの傘に目を奪われちゃうけど、スタジオの壁や柱のあちらこちらにポラロイドの記録写真や、取材を受けた雑誌の掲載ページが展示されています。 青い屋根のアトリエや、「ロクロ巻き」「中綴じ」の傘作りの風景。「こもれび」の絵の具。グラシン袋の「花タイル」カード。ランチタイムのゆで卵カレー。
「思い出にひたる」なんてしめっぽい言葉は、イイダ傘店には似合わない。ただ、傘のある日々がそこにある。思えば10年。気がつけば10年。楽しかった思い出が、心地よい雨音のように、はじけては飛んでゆく。

店主・飯田純久さんはイイダ傘店の「これから」について、こう語っています。
「傘屋であること。自分の手で傘をつくって、お客さんに届けること。そして、続けてゆくこと」

真摯に傘と向き合い、日々を重ねてきた傘作家の言葉もまた、雨粒のようにやさしくはじけて胸に響くのです。

「あじさい」の雨傘

きょうは、傘記念日。

目の前に広がる、ほほえましい傘の世界。あの傘もこの傘も知ってはいるけど、本物にふれるのはじめて。「のり弁」の海苔の感じ。「そら豆」のそら豆感。糸巻きの「ボビン」感。「あじさい」を咲かすときめき。「窓」の裏側のわくわく。くるくる回してみたくなる「バーバー」。八つじゃないのね、「カラシ十二間」。美しすぎる「朱子縞」のシルエット。
はじめて会う傘も、なぜだかなつかしい。手のひらにぴたっとくっついて、人なつっこい。
とっておきの傘を見つけに来たのに。こんなすてきな傘に囲まれたら1本なんて選べないよー!と、みんな心の中で叫んでいたに違いない。
いつか、イイダ傘店の傘がほしい。日傘もほしいけど、雨傘もほしい。かわいい傘もいいけど、シックな大人の傘もいい。あしたの傘がほしい。あさっての傘がほしい。春・夏・秋・冬の傘がほしい。来年の私に似合う傘。10年大切にしたい傘。私らしい傘………

世の中に「傘記念日」があったらいいのに。
その日はみんな傘をさして、道ゆく人に「こんにちは」
「あら、すてきな傘ねぇ」
「あなたこそ、あなたらしい傘」
「きょうは、とってもいいお天気ね」
「ええ、ほんと。雨音がきれい」………想像ふくらむ傘の世界。

あくせくした毎日に足を止め、自分だけの傘を見つけたら、その日に小さな「しるし」をつけましょう。
うきうきの傘日和。きょうが、あなたの傘記念日。

くるくるまわる「バーバー」模様の日傘
「めん棒」の日傘

めん棒、ふたたび

10年前、東京の世田谷ではじめて出会った青年が、手に抱えた大きな袋から取り出した手作りの傘。「オヤドリ」の雨傘と、鮮やかな赤と青の「めん棒」の日傘。幸運にもその傘にふれる機会を得た。イイダ傘店がまだ始まったばかりのころのこと。あんなに美しい傘を広げたのは、生まれて初めてだった。
これまでずっと新作テキスタイルの傘を発表してきた展示受注会では、過去の作品に出会えることはなかった。だから、レターセットで「めん棒」を見つけたときは本当に嬉しくって、買って帰って、イイダ傘店さんに「めん棒」の手紙を送った。

正直なことをいうと、はじめてイイダ傘店の傘にふれたとき、わたしはこの傘をどんな人たちが持つのか想像できなかった。それがとても高価なもので、良い傘だということはわかる。でも、街にはビニール傘があふれていて、日傘をさす人も今よりずっと少なかった。
それなのに、赤や青や黄色のカラフルな「めん棒」を広げて、みんなで踊ったら楽しいだろうなぁと、おかしなことを思ったりした。

あれから10年が過ぎた今、イイダ傘店の傘が世にあふれている。傘を持っていない人の胸にも、傘が咲いている。イイダ傘店がひろげた「10周年」という大きな傘の下に、みんなが集まってきた。
傘の下にいるしあわせ。傘につつまれる喜び。10年前のわたしには見えていなかったものが、イイダさんには見えていた。
ううん、イイダさんだけじゃない。スタジオの窓から差し込む陽の光に照らされて、ほら、あの頃と同じように「めん棒」たちも微笑んでる。

傘屋さんの器

10周年記念特別企画でお披露目された陶芸家・山野辺彩さんの器。
イイダ傘店のテキスタイルをもとにデザインしたコラボ作品で、「森の花」「花タイル」「ポピー」「あじさい」「コショウ」「こもれび」「ヤブカラシ」「おでん」など、9種類もの色彩豊かな美しい器が並びました。
山野辺彩さんの柔らかい手描きの作風が、イイダ傘店のデザインと溶け合って、新しい物語をつむいでゆくよう。
山野辺さんの放った鳥が翼をひろげて、イイダ傘店の世界を飛んでゆきます。

平成二十七年・秋。実りの季節

平成二十七年(2015年)、10周年を迎えたイイダ傘店。の春からはじまった「イイダ傘店 10周年記念 日傘・雨傘 アーカイブ展」は、季節を変えて秋の展示受注会に。すーっと清らかな風がひんやり体を包むと、季節のうつろいとともに、心模様も秋色に染まります。新しい服を着て出かけたくなるように、新しい傘を見つけにゆきたくなるのです。
表参道から青山の骨董通りを歩く途中に、ポツポツと降りはじめてきた雨。雨も、雨の匂いも好きじゃなかったのに、イイダ傘店と出会ってからすっかり変わってしまいました。
こんな雨の日は、骨董通りは「傘通り」になって、みんなイイダ傘店の雨傘をさして、しっとり人が行き交えばいいのに。そうしたら、きっと「青山傘通り」は東京の新名所になる。
そんなことをひとり妄想しながら、たどりついたライトボックススタジオ青山。
春に続く「アーカイブ展」は、イイダ傘店の30種類以上もの歴代の傘の中から好きな傘を選べる、10年に1度のぜいたくなオーダー会。にぎわう展示会場に一歩足を踏み入れると、ほぐし織りの「栗の木」の雨傘が花ひらいていました。栗のイガイガから飛び出した、ふっくらとした栗の実。10年の月日を経て、イイダ傘店は実りの季節を迎えたのです。

ジャカード織の「クロワッサン」の雨傘
「花タイル」の雨傘

花タイル

草木や花に水をやるように、植物をモチーフにした雨傘は、雨の日がもっともっと楽しくなります。「イイダ傘店のデザイン」の本の表紙にもなった「森の花」や、ブルーの「あじさい」、鮮やかな黄色の「ヤブカラシ」。会場には大きな「押花」の原画が展示されていました。1つ1つ本物の押花をつくってから絵を描いたという押花のデザインは、レインコートや防水のリュックサックにもなった人気のテキスタイル。なんと「押花」が発表された平成二十三年秋の案内状には、1通1通本物の押花が封入されていたのだとか!
春のアーカイブ展ではスタジオにはポラロイドの思い出の写真が飾られていましたが、秋展では10年間の傘展の案内状が展示されていました。紙もの大好きな人にはたまらない、イイダ傘展の案内状。傘の布チップがついたスケッチブック風の「ヒュッテ」や、紅茶染めのしわしわの「ハナミズキ」、2枚重ねて日に照らす「こもれび」など、どれもこだわりぬいた作品。
中でも「花タイル」の案内状をはじめて見た時の感激は忘れません。小さな花のタイルのカードがうっすら透けるグラシン袋の封筒に入っていて、封をあけたくないほど愛らしかった。今回はじめて「花タイル」の雨傘をひらいたけど、これはもう閉じたくないくらい可愛い!このままずっと、花のタイルがちりばめられた傘の世界にひたっていたい。

フェルトがくっついた「いろがみ」の日傘
「のり弁」の日傘に梅干しボタン

傘のつぼみ

誰もが知ってる傘のカタチ。子どもの時からずっと使っているし、簡単なイラストだってすぐに書けちゃう傘のシルエット。でもでも、みんな同じように見える傘のカタチにも、人の体と同じように、すらりとしたスマートさや、丸みを帯びたふくよかさがあるのです。
綿と絹をざっくり織り込んで、やわらかい風合いに仕立てたジャカード織りの「ダイヤ柄」は、ぷっくらとしたつぼみのような日傘。赤青えんぴつをモチーフにした「色えんぴつ」の雨傘は、すらりとスマートな大人の雰囲気。ある日突然、空から色紙が降ってきて、そのまま傘にくっついちゃったような「いろがみ」の日傘もユニークで個性的。どれもチャーミングで、簡単なイラストではあらわせないような傘たち。
イイダ傘店の展示会がすばらしいのは、こんなにも傘があふれる世の中で、これまで見たこともないような傘に出会えるところ。知っているようで知らない、ほんものの傘。わかっているようでわかっていない、傘の世界。
たくさんの人が傘を手にとって広げるたびに、つぼみがひとつ、またひとつと花ひらいてゆくように見えた傘展。
ほほえみに包まれて、秋の日に咲く、傘の花のきれいなこと。


後編へつづく →

IIDA KASATEN

Japanese handicraft Umbrella shop

イイダ傘店

PROFILE
傘作家・飯田純久(イイダ ヨシヒサ)が主宰する個人オーダーの傘屋。日傘・雨傘を生地から制作し、一本ずつ手作りする。 店舗は持たず、受注会で全国を巡回。 傘のほかにもテキスタイルデザインから発展させた布モノ紙モノも制作している。 また映画・舞台などの傘制作や異業種とのコラボレート、その他にも傘にまつわる活動を行う。著書『イイダ傘店のデザイン』(PIE International /2014)

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イイダ傘店 - 後編 -

平成二十八年 秋
平成二十九年 秋


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