IIDA KASATEN 1

平成二十五年 秋
平成二十六年 春・秋

イイダ傘店 - 前編 -

2021 Photo & Text_Scandinavian fika.


「こもれび」の日傘

IIDA KASATEN 1

傘作家・飯田純久

傘作家の飯田純久(イイダ ヨシヒサ)さんに初めてお会いしたのは、2005年の秋。イイダ傘店が始まったばかりのころです。あのとき、イイダさんに見せていただいた「オヤドリ」の雨傘のシックでエレガントなラインや、赤と青のストライプの日傘「めん棒」をひらいた時の感激は今も忘れません。
イイダさんがつくる傘には、愛らしさと美しさ、気品と遊び心があって、雨の日が待ち遠しくなります。晴れた日にはバッグに入れて、どこへでもいっしょに連れてゆきたくなります。

傘を見に行く楽しみ。傘を広げる楽しみ。傘をつくる楽しみ。傘と暮らしてゆく楽しみ。
イイダ傘店には、傘から広がる楽しみがつまっています。隅から隅まで。どんな小さなものにも。人の手と、ささやかな喜びがつまっているのです。

イイダ傘店

イイダ傘店は傘作家・飯田純久さんのオリジナルテキスタイルを使って、長く使える傘を1本1本手づくりでつくっている人気の傘屋さん。お店を構えずに、年2回の日傘・雨傘の展示受注会でオーダーを受けた数だけ制作するというシンプルなスタイルにこだわっています。傘の生地や柄えらびから、パーツの素材えらびまで。お客さんと顔を合わせ、ことばを交わし、世界にひとつだけの傘をつくります。オーダーメイドの傘はとても高価なもので、できあがるのは数ヶ月から半年後。それでも、イイダ傘店の傘を持つ日を夢見ている人たちがたくさんいるのです。
展示受注会以外にも「傘から広がる世界」をコンセプトに、数々のブランドやクリエイターとのコラボや、雑誌、映画、舞台、テレビ、CMへの作品提供など、さまざまな分野に活躍の場を広げています。

「傘文化を大切にしたものづくりがしたい」と語るイイダさん。
使い捨てではなく、長く愛される傘をつくること。
雨の日も心躍る傘。 日々の暮らしの中に、思い出の中に、いつも「傘」があるということ。

「しわ」そのものがデザインされた「ハナミズキ」の傘。

平成二十五年・秋 東京

平成二十五年の秋。しわくちゃの紅茶染めの紙に描かれた新作テキスタイルデザイン「ハナミズキ」の案内状がポストに届きました。毎回工夫を凝らして、みんなをハッと驚かせるイイダ傘店の展示受注会の案内状。紙にもデザインにもとことんこだわっています。今回のしわくちゃの「ハナミズキ」の案内状は、これまで見たことないような特別な仕上がり。ずっと捨てずに大事にしまっておきたいもの。「ハナミズキ」を手に向かった先は、東京・中目黒。イイダ傘店秋の雨傘展へおじゃましました。
傘作家・イイダさんとは8年ぶりの再会!でも、ぜんぜん変わってない!坊主頭も昔のままです。ファンの一人として、こんなに嬉しいことはありません。 イイダ傘店の傘も素敵ですが、イイダさんも本当に素敵な方です。いつも自然体で、おおらかで、おちゃめで。誰もがうっとりするような美しい傘をつくっています。

雨傘の防水生地でつくられた「押し花」のリュック

布づくりと傘づくり

多摩美術大学の染織科でテキスタイルを学んでいたというイイダさん。大学4年のときに自分で染めた布でプロダクトを作ることになり、洋服ではなく、傘を選んだそうです。なぜ「傘」を選んだのか、きっかけはあやふや。でも、妙に傘に愛着がわいてきて。そこから、イイダさんの布づくりと傘づくりの日々が始まったそうです。
イイダ傘店では春と秋の展示受注会に向け、4〜5種類の新作テキスタイルデザインを考え、そこから型を起こす人、色を染める人、織る人と、それぞれの職人さんとやりとりをしてオリジナルの生地を制作していくのだそうです。素材によって産地も違えば、織り方によって工場も違うので、今では全国各地の工場をまわって、布づくりに励んでいるそうです。
傘づくりと同じくらい、自分の布を作りたいという気持ちが強くあったというイイダさん。布づくりの情熱は、傘だけでなく、傘布のコマバックやポーチ、リュックやレインコートになっても愛くるしく輝いています。

アヒルの傘のペン

毎年春と秋。季節がうつろうころ、手紙のように届くイイダ傘店の展示受注会の案内状。案内状がほしいときは、展示受注会でノートに連絡先を記帳。書くときは「アヒルの傘」のペンをどうぞ。
こちらは木工作家・  KIYATA  さんとコラボして作った「アヒルの持ち手の日傘」のペン。イイダ傘店の大人気の「動物持ち手」シリーズ。バックに傘を入れても、動物がひょっこり顔を出す姿はもうかわいくてたまりません!

つゆさき

雨露が傘をつたってぽたぽたおちる先、ここを何と呼ぶかご存知ですか? あまりにもきれいな名前だったので、つい見入って、何度もつぶやいてしまった露先(つゆさき)。べっこう飴のようなものから、金色に光る真鍮(しんちゅう)まで、色や形や素材もいろいろ。イイダ傘店のオーダーメイドは、生地や柄だけでなく、傘を持つ手元や、てっぺんのとんがった石突(いしづき)、傘骨や、ひらひらを束ねるバンドのボタン、露先のパーツひとつひとつまで、好きなものを選んでつくってゆきます。
イイダ傘店は傘作家・飯田純久さん他、早瀬ひとみさん、髙山真衣さんの女性のスタッフが2名。アトリエの畳に座って、昔ながらのスタイルですべて手作業つくっています。展示受注会では女性のお二人にも、傘についていろいろたずねてみました。毎日その手で傘をつくっている皆さんだからこそ、傘のことを、細部にいたるまで丁寧に教えてくれます。

ハマヲ洋傘店

イイダ傘店の傘作家・飯田純久さんにどうしても会いたくなったのは、雑誌「天然生活」(2013年7月号)に掲載された『思い出を傘に仕立てて』という特集を読んだとき。イイダさんが傘づくりの師匠と慕う〈ハマヲ洋傘店〉の鎌田智子さんを訪ねるお話に心打たれました。
鎌田さんが思い出の着物を日傘に仕立てたこと。できあがった傘に手紙を添えること。イイダさんが受け継いだ傘の木枠のこと。何度もひらいて見ている傘の洋書のこと。「ペガサス」のミシンのこと。傘めぐりの旅のこと……。
私には「傘」のことはよくわかりませんが、一目見てそれが、美しい傘だということはわかります。1本1本手づくりで仕立てる傘は、一生大切にしたいと思えるもの。
〈ハマヲ洋傘店〉からイイダ傘店へ。「傘」は暮らしとともに思い出を紡いでゆくものだと教えてくれます。

傘布「こもれび・紅葉」のテキスタイル

平成二十六年・春 京都

平成二十六年・春。 東京、京都、神戸、福岡で巡回中のイイダ傘店の日傘展示受注会。今回は東京・中目黒ではなく、京都・一乗寺へ向かいます。
出町柳でバスを降りて、出町ふたばの豆餅をほおばりながら、うららかな春の京都をてくてく。鴨川から2つにわかれた高野川のほとりをのんびり歩きます。橋を渡って向かった先は、古いフィルム写真のような不思議な魅力につつまれた町、一乗寺。ここに、日本でいちばん素敵な本屋さん「けいぶん社」があります。
恵文社・一乗寺店のギャラリーアンフェールで開催された、イイダ傘店平成二十六年・春の日傘展示受注会。大好きな京都・一乗寺ののどかな街並みの中に、イイダ傘店の「こもれび」が揺らめいていました。

「こもれび・新緑」の日傘

こもれび

あたたかな春の訪れともにイイダ傘店から日傘展の案内状が届きました。贈りもののような心躍るイイダ傘店の案内状!封を開けるのがこんなに楽しみなDMが他にあるでしょうか。これはもう、ひとつの作品。展示会のプロローグなのです。
どんなメッセージが込められているのか、わくわくしながら、トレッシングペーパーにプリントされた案内状を広げると、そこには淡い3色の水玉の図案が描かれていました。しかも、同じ紙が2枚入っています。その2枚を重ねて、空に透かしてみます。すると、ゆらゆら揺れる葉っぱからこぼれる日の光のように、色鮮やかな光のしずくが重なって、「こもれび」の景色が広がってきます。
薄いシルクコットンの生地にプリントされた新作テキスタイル「こもれび」は、幾重にも重なった木々の葉の木漏れ日のように、二重張りで傘に仕立てられています。緑色の「こもれび」日傘の名前は「新緑」、赤色は「紅葉」。「こもれび」はイイダさんが、何年も前から日傘にしたくてスケッチし続けていたのだそうです。とある散歩道で、いい木漏れ日に出会い、このテキスタイルが生まれたのだとか。
「こもれび」につつまれて、散歩も素敵。やわらかな光が、一日を日傘日和に変えてくれます。

黄色いトウモロコシの刺繍が入ったかわいい日傘。傘を束ねるボタンはトウモロコシのつぶ。

トウモロコシ

これまでに見たこともない、トウモロコシの美しい断面。夏野菜トウモロコシが、黄色い花びらのような可憐な刺繍に。「トウモロコシ」の日傘を手に取ってみると、ひらひらを束ねるバンドのボタンまで、なんとトウモロコシの粒になっています!
平成二十四年・秋の雨傘展で発表された「そら豆」の雨傘もボタンがそら豆でした。「花タイル」のタイルなども制作された、焼きものアクセサリー作家の UU さんにお願いして、今回もつくっていただいたのだそうです。
日傘といっしょに並んだ、磁器製の「トウモロコシ」のピンバッチやブローチの愛らしいこと。トウモロコシのつぶのハリや、甘みまで伝わるように試行錯誤してつくられた「トウモロコシ」のアクセサリーは、黄色い刺繍の輝きと同じくらい、美味しそうにつやめいていました。

少年とスワン

平成二十六年・秋の雨傘展示受注会には、イイダ傘店の本「イイダ傘店のデザイン」を読んで、初めて傘展に訪れた方がたくさんいらっしゃいました。
お店を構えずにオリジナル傘を制作しているイイダ傘店さんの作品に出逢えるのは、年2回の日傘・雨傘の展示受注会だけ。見逃してしまった過去の作品や傘づくりについて、イイダ傘店のことを深く知ることができる傘の本は、ずっとファンが待ち望んでいた一冊!この本が出版されたことは、いつも楽しみなイイダ傘店の案内状が、日本中に届けられたようなものです。

秋の京都・一乗寺。恵文社のギャラリーアンフェールの扉を開くと、かわいいスワンボートが私を出迎えてくれました。
湖を水彩のタッチで描いた新作テキスタイル「スワン」。青と黄色の、あまりにも微笑ましい傘を見ていたら、「イイダ傘店のデザイン」の本の「はじめに」つづられた、イイダさんの言葉を思い出しました。

─── 子供の頃に、お気に入りの傘を持ったときの「雨、降らないかな?」 あの心躍る感じ。
赤い傘? 青い傘? 僕は黄色い傘だった。

スワンの黄色い傘を持って雨を待つ、子供の頃のイイダさんが、ふわっと頭の中に浮かんできました。
空を見上げて願っています。

「あした、雨になぁれ」

衝撃の「おでん」傘!薄味の京風か、秘伝のつゆか。

おでん傘

ちくわ、こんにゃく、大根、がんも、もちきんちゃく……おでん種が勢揃いの、衝撃の「おでん」傘!!薄味の「京風」と「秘伝」のつゆの2色。なんと、傘をとめるボタンはカラシでできているではありませんか!
斬新すぎる。もし「おでん」傘をさしている人を町で見かけたら、それこそ衝撃です。いったい誰が、おでんの具が傘になることを想像できたでしょう。イイダ傘店、おそるべし!来年の秋には、真っ白な「湯豆腐」の傘や、緑の水菜をちらした「はりはり鍋」の傘が登場しても不思議ではありません。
「かわいい!かわいい!」と、おでん柄に夢中になる女子たち。もう何十年もおでんを食べ続けて、その「かわいさ」に気づかなかった私。おでんのことを全部知ったような気でいた私。そのかわいさあまり、おでんのポストカードを買ってしまった私。今日も「おでん」が、頭から離れません。

折り紙をちぎって原画をつくった「ポピー」の雨傘

野に咲くポピー

美大生だった大学時代にイイダ傘店と出逢い、傘づくりの世界に飛び込んだというスタッフの髙山真衣さん。心の中で「傘だ!」「自分がやりたいことはこれだ! 」そう思ったそうです。
「どの傘がいちばん好き?」と聞いてみたら、いちばんは選べないなぁと困った顔をしてから、「ポピー」と答えてくれました。
「ポピー」は折り紙を1枚1枚ちぎって原画をつくった傘。緑の原っぱに咲く一輪の花、ポピー。折りたたみ傘として、髙山さんも日々愛用しているのだとか。
好きなものを見つける幸せ。やりたいことに出逢える幸せ。
「やっぱり、いちばんは選べない」
そういって微笑んだタカヤマさんの髪には、今日もへアターバン。
「トウモロコシ」の刺繍がとっても素敵でした。

ブルーベリー、ラズベリー、グリーンベリーの「野いちご」の雨傘

野いちご

平成二十六年・秋の新作「野いちご」の傘をひろげて見せてくれた、イイダ傘店のスタッフ・早瀬ひとみさん。ブルーベリー、ラズベリー、グリーンベリーの3色のジャカード織りの「野いちご」の傘は、表と裏でカラーが反転していて、草原に実る野いちごの色が、裏側で野原のように広がります。
布づくりについても早瀬さんは丁寧に教えてくれました。傘の織物には「ジャカード織り」の他に、「積み木」のテキスタイルでつかわれた「カットジャカード織り」や、「イチョウ」でつかわれた「ほぐし織り」など、いろんな技法があること。布づくりの現場では、イイダさんと「型」「染め」のベテランの職人さんたちが熱い意見を交わしながら、あんなに可愛らしい傘をつくっていることなど。
7年前、ここ恵文社で初めてイイダ傘店の作品を見た早瀬さん。これまで見たこともない傘にときめき、「ここで働きたい」とイイダ傘店の扉をノックしたそうです。早瀬ひとみさんはイイダ傘店の歩みを知る、最初の1人目のスタッフなのです。
作家やアーティストだけでなく、私はそのまわりで働くスタッフの方々を尊敬しています。表に名前が出ることはなくとも、工場の職人さんたちと同じように、たくさんの人の手が「ものづくり」を支えているのです。傘や布のことを教えてくれた早瀬さんの瞳は、「ものづくり」の人の目でした。

平成二十五年の雨傘展ではじめて早瀬さんにお会いしたとき、「おみやげです」といってもらった、「野菜スティック」の傘にちなんだ、にんじんと、きゅうりと、だいこんの種。
傘は買えなかったけれど、あのとき、なんだか、すごくうれしかった。
ささやかなものも、一瞬の出逢いも、こうして、人の手から人の手へとつながってゆくのです。


中編へつづく →

IIDA KASATEN

Japanese handicraft Umbrella shop

イイダ傘店

PROFILE
傘作家・飯田純久(イイダ ヨシヒサ)が主宰する個人オーダーの傘屋。日傘・雨傘を生地から制作し、一本ずつ手作りする。 店舗は持たず、受注会で全国を巡回。 傘のほかにもテキスタイルデザインから発展させた布モノ紙モノも制作している。 また映画・舞台などの傘制作や異業種とのコラボレート、その他にも傘にまつわる活動を行う。著書『イイダ傘店のデザイン』(PIE International /2014)

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イイダ傘店 - 中編 -

平成二十七年 春・秋
イイダ傘店 10周年記念
日傘・雨傘 アーカイブ展


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