IIDA KASATEN 3

平成、令和、それから。

イイダ傘店 - 後編 -

2021 Photo & Text_Scandinavian fika.


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IIDA KASATEN 3

平成二十八年・秋。吉祥寺のアトリエ

「イイダ傘店 10周年記念 日傘・雨傘 アーカイブ展」から1年。夏の終わりに届いた、イイダ傘店からの案内状。
残暑に大活躍の「おでん」うちわをパタパタあおぎながら、1年ぶりの「平成二十八年 秋 日傘・雨傘展」の案内状にわくわく。鉛筆のような手書きの線と、三角や四角や丸の形が重なった薄いグラシン紙の封筒は中が透けていて、ミシン糸で綴じられた小さなブックレットが入っています。
どうやって封筒を開けたらいいのか正解がわからぬまま、思い切ってパリパリのグラシン紙のすみっこをペリペリとはがします。いつも工夫をこらしたすてきな案内状だけど、今回は特別に贅沢な作り。ブックレットには1ページ1ページ新作テキスタイルの原画や写真がつづられていて、風船みたいなものがふわふわ飛んでいたり、童話に出てくるような大きな鳥が羽ばたいていたり。おかしな赤いつぶつぶが並んでいたり。最後のページには、なにやら改装中の物件の写真が………

案内状の地図をたよりに向かった先は東京・吉祥寺。学生の頃、憧れだった吉祥寺の街。井の頭公園やハモニカ横丁、街角にもレトロな雰囲気が満ちていて今もやっぱり楽しい。
北口を出て、パルコを通って、可愛いショップが並ぶ中道通りをまっすぐ。公園の前のマーガレット・ハウエルとドーナツ屋さんを過ぎたら、歩いてあともう少し。
ほら。吉祥寺の街に、小さな傘の看板が見えてきた。

「ほぐし織り」のアルプスのテキスタイル

さんかくアルプス

平成二十八年(2016年)9月3日。お披露目となったイイダ傘店の吉祥寺の新しいアトリエには、開店前から大勢の人が並んでいました。店頭にはススキやワレモコウなど、開店を祝う秋の花が飾られています。これまでずっとお店を構えずに、年2回の日傘・雨傘の展示受注会でオーダーを受けてきたイイダ傘店。都内にアトリエがオープンして、そこで傘展が開かれることはファンにとって特別なことなのです!
吉祥寺の古い物件をリノベーションして、スタッフみんなでDIYでつくった新しいアトリエ。店主のイイダさんが彫刻刀で彫った傘の看板の愛らしいこと。
白い木枠の引き戸を開けて中に入ると、真新しい無垢の木や、飴色になじんだ古いテーブルや什器が並んでいて、新しい傘や雑貨をささえています。
初めてなのに、ちょっと不思議。なぜだか、なつかしい感じ。ここが店舗ではなく、「アトリエ」にこだわっているところが、とってもイイダ傘店らしい。

葉山で見つけたという素敵なアンティークの建具。窓辺には新作テキスタイルのさんかくが並んだ「アルプス」の布が飾られていました。「朝焼け」「夕焼け」という名前がつけられた、2つのカラーの「ほぐし織り」のアルプス。経糸に絵柄を染め付けてから織りあげる「ほぐし織り」は、絵柄のかすれとブレに味わいがあります。「ミモザ」の春風のそよぎも好きだけど、「いちょう」や「栗の木」の揺らぎもシック。秋に見る「ほぐし織り」の傘は、特に際立って美しく見えます。「アルプス」は揺らぐことのない山だけど、霧のかすみの向こうに山々があるよう。

平成二十八年 秋の傘展のいちばんの作品ともいえる、手づくりのアトリエ。吉祥寺の街にひっそりと建つ傘屋さんのアトリエの窓の向こうには、アルプスの夕焼けが広がっていました。

バードといっしょに

傘展の案内役のようにアトリエの中を飛びまわっていた4羽の鳥たち。首飾りをつけた緑の鳥。冠飾りの白い鳥。花を持った青い鳥。木の実をくわえた黄色い鳥。緑の鳥は勇敢で勇ましく、大きな白い鳥は優雅で美しい。青い鳥はきっといちばん素早くて、小さな黄色い鳥はきっといちばん人なつっこい。そんなことを勝手に想像しながら、バードの型抜きの活版カードをおみやげに。
新作「BIRD」は、傘の巻きひもにかわいいトリの刺繍がついた日傘。コットンとウールで織った生地は風合いがとっても素敵。
童話に出てくるような4羽のバードはきっと、この大事な傘を守ってくれることでしょう。とじている時は傘の木にとまるように。ひらいた時は傘の翼で空へ舞うように。傘のある自由を教えてくれる。
晴れた日は、バードといっしょに出かけよう。

しましまの傘

かわいらしい柄模様の傘が並ぶ傘展。女性のお客さんが多いの中、美しい傘を求めて男性もいらっしゃいます。旦那さんへのプレゼントとして傘を探しに来られる方も。「紳士日傘」という作品があるように、もともと日傘は男性が持つものだったとか。紳士に似合う、おしゃれでシックな傘も雨傘展に並びます。
おすすめなのが、オンもオフも普段使いできるストライプの傘。ストライプの傘は2色の組み合わせを毎年変えているそうで、色が違うと傘の印象も大きく変わります。
ストライプは、傘をひろげたときのカーブの美しさが一層際立って見えます。傘を巻いたときのボタンやリング。手元。張りの感触。シンプルな傘にも、イイダ傘店のデザインがつまっています。
男性がイイダ傘店の傘をさりげなく持っていたら、「おしゃれ〜!紳士!」と思ってしまうことでしょう。傘の中の雨音も聴いてみたい。

「クッキー」のストロベリージャムの日傘

クッキーとピアス

まる、サンカク、シカク、お花みたいなカタチ……薄くて柔らかい綿の二重張りの日傘は、手書きの線で形作られた手づくり「クッキー」。まん中には甘ずっぱいジャムがのっています。アトリエの窓辺で揺れていた新作「クッキー」のテキスタイルは、一枚布で見た時と、傘に仕立てられた時とでは雰囲気がまるで違います。傘になった「クッキー」は、甘さひかえめの上品な大人のクッキー。
「クッキー」の原画のおとなりには、焼き菓子のベーキングカップのパッケージに入った金色のピアスがキラリ。アクセサリー作家の KAMIORI KAORI さんとのコラボレーションで生まれた「COOKIES ピアス」は、テキスタイルの絵柄から、クッキーを1個づつ抜き出した15種類の真鍮のピアス。色ちがいの小さく編んだ糸玉がアクセント。
いつも笑顔で出迎えてくれるイイダ傘店のディレクター・プレスの髙山真衣さん。今日はおなじみの傘柄のヘアターバンではなく、左右違うデザインのクッキーピアス。

髙山さんにお願いして、特別に1階の展示会場から、実際に傘がつくられている2階のアトリエへ案内していただきました。傘専用のペガサスのミシンや、細やかな手縫いが行われる畳部屋。裁断の三角木型や、小間の生地見本。露先、天紙、梅干しやそら豆のボタン。宝の山のような傘のパーツがいっぱい。
書籍「イイダ傘店のデザイン」が出版されるまで、傘がどんなふうに作られているのか、想像もできなかった。傘づくりの前には、布づくりがあり、その前にはテキスタイルが生まれるスケッチがある。「アイデアを形にする」と一言でいっても、傘ができあがるまでの工程には多くの職人さんたちの手が入り、それをリレーのようにつないでゆく。
彼らは、一生ものの傘をつくっているのだ。

「ピーナッツ」の刺繍の日傘

あたらしい傘

その日の夕方、吉祥寺のアトリエに訪れたのはイイダさんが傘づくりの師匠と慕う〈ハマヲ洋傘店〉の鎌田智子さん。三鷹から自転車に乗ってやってきたそうです。イイダ傘店のアトリエを見渡し、新作の傘を手にとって感触を確かめ、傘をどうつくったのか、イイダさんと言葉を交わしていました。短い言葉でも、音のように響きあう傘職人のふたり。鎌田さんは目を輝かせ、イイダさんと傘をつくる喜びを分かち合っていました。

あたらしい傘と、飴色の什器。新しいものと古いものが肩を合わせて寄り添っている未完成のアトリエには、イイダ傘店の変わらぬ ぬくもりがあふれていました。
うつりゆく時代も、人の心も、ここで生まれるまっすぐな傘がつないでいるのです。

平成二十九年 秋。「葉っぱ」の日傘の原画になった押し花

平成、令和、それから

平成二十九年(2017年)秋の京都では麻の「葉っぱ」の日傘をさした。平成三十年はふたたび「動物持ち手」シリーズの傘が登場してそわそわした。平成三十一年春が過ぎたあと、イイダさんの手書き文字で記されていた展示受注会の案内状の和暦は、「平成」から「令和」へと変わった。

それから、令和元年(2019年)春に銀座の森岡書店で開催された「スケッチ」出版記念・原画展におじゃまして、久しぶりにイイダ傘店の飯田純久(イイダ ヨシヒサ)さんと髙山真衣さんにお会いした。イイダ傘店の布づくりの元になっている日々のやわらかなスケッチ。「スケッチ」の本の裏に、イイダさんのサインと絵の具で黄色いタンポポを描いてもらった。

令和二年(2020年)になった。その年の春、イイダ傘店のアトリエは吉祥寺から武蔵境の新しいアトリエへと移転した。
令和二年、秋。東京・青山のスパイラルガーデンでイイダ傘店15周年記念展覧会「翳す -かざす-」が開催されることになった。これまでにないスケールで開催される初の展覧会。ポストに届いた「翳す -かざす-」の案内状には、いつの日か わたしが撮影した「こもれび」の日傘の写真が使われていた。なんだか、イイダ傘店へ宛てた手紙の返事が、そのとき届いたような気がして胸が熱くなった。
イイダ傘店15周年記念展覧会はどうしても観に行きたかったけど、コロナで行くことは叶わなかった。
展覧会会期中は来場者の皆さんがSNSにアップしてくれた写真を毎日見た。インスタレーションの、うねりながら空へ羽ばたく鳥のような傘の群れを見ていたら、自分もそこにいるような嬉しい気持ちになった。
ずっと、イイダ傘店の「傘から広がる世界」を追い続けてきたはずなのに、わたしはまだまだ、傘の無限の可能性をとらえてはいなかった。
やっと近づいて、手をのばしたら、すーっと空へ飛んでいってしまった。
清々しいくらい、大きく。傘が羽ばたいていた。

イイダ傘店15周年記念展覧会「翳す」
Photo_IIDA KASATEN

わたしはイイダ傘店の「こもれび」の日傘を持っているけど、まだ雨傘は持っていない。
実は長いあいだ、どうしてもほしいと思いつづけているイイダ傘店の雨傘がある。
その傘はイラストにもなっていて、わたしの部屋にずっと飾ってある。
からし色の「朱子縞」というシンプルな柄の雨傘。
凛とした その傘は、わたしの憧れの傘だ。

「朱子縞」の傘のような大人になりたい。
と、わたしはいつも思っている。

IIDA KASATEN

Japanese handicraft Umbrella shop

イイダ傘店

PROFILE
傘作家・飯田純久(イイダ ヨシヒサ)が主宰する個人オーダーの傘屋。日傘・雨傘を生地から制作し、一本ずつ手作りする。 店舗は持たず、受注会で全国を巡回。 傘のほかにもテキスタイルデザインから発展させた布モノ紙モノも制作している。 また映画・舞台などの傘制作や異業種とのコラボレート、その他にも傘にまつわる活動を行う。著書『イイダ傘店のデザイン』(PIE International /2014)

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