DRAKAMÖLLAN 1

スコーネの魔法の宿
美しきドラカモラン

- 前編 -

南スウェーデンの海の町イースタ〈Ystad〉から車で北東へ50km。ブローサープの丘〈The Hills of Brosarp〉を越えて、エステルレーン〈Osterlen〉の森の奥に見えてきたのは、 茅葺き屋根の宿 ドラカモラン〈Drakamöllan〉。
17世紀の農家を改築した古民家ホテルは、ミナ ペルホネン〈minä perhonen〉の北欧社員旅行で見つけた、スコーネ〈Skåne〉の特別な宿。

広大な自然に抱かれた、美しきドラカモラン。
この地を訪れると、人は「魔法」にかかるという。

───この時、わたしは魔法にかかった。

2019 Photo & Text_Scandinavian fika.

DRAKAMÖLLAN 1

ブローサープの丘を越えて

南スウェーデン・スコーネ地方〈Skåne〉。スカンジナビア半島の南に位置する港町 イースタ〈Ystad〉から車で北へ北へ。数週間前は黄色い菜の花畑だったという平野。麦畑と丸まった牧草の匂い。淡いピンクの夕焼けに染まるブロッコリーのような木々。緩やかな起伏の丘と平原を強い風に流されるように駆け抜けてゆく。
氷河期の終わり、氷床が溶けでできたという砂丘と広大な平原、エステルレーン〈Osterlen〉。 スコーネで最も美しい景色と称されるブローサープの丘〈The Hills of Brosarp〉に向かうと、たちまち黒い雲がエステルレーンの空をおおい、突然 ピカッと雷が!!

ゴゴゴゴゴゴーーーーッ!!!

激しい雨と風。天に龍が昇るような稲光。
不安と緊張と胸の高鳴りが入り混じったような心の奥。
ブローサープの丘を越え、ブナの森へ入ると、霧と薄闇の奥に見えてきたのは、茅葺き屋根の宿 ドラカモラン〈Drakamöllan Gårdshotell〉

17世紀に建てられた農家を改築したスコーネの特別な宿が、私を迎え入れてくれたこの日は、とても外に出られるような天気ではなかった。
それでも、ドラカモランに身をおくと、雨も 風も 雷も、闇夜の来ない夏の空も、オペラの序章のように思えてくる。
胸騒ぎではない。何が始まる予感がするのだ。

オルソンと眠れる森

むかしむかし、オルソンと呼ばれる男がいた。スコーネ地方で家族のために家を建てたいと考えていたオルソンは、ブローサープの最北に美しい渓谷を見つけました。素晴らしいブナの森に囲まれた、Juleboda 川の命の水に恵まれた谷。17世紀の終わりに、この地に根をはるように定住したオルソンは、家を建て、麦を育て、牛や馬を野に放ち、やがてこの地域で最大の農場の1つとなり、川沿いにいくつかの製粉所も造りました。
そして、オルソンは息子の Drake(スウェーデン語で「龍」)の名を取って、この美しい地をドラカモラン〈Drakamöllan〉と名付けたのです。

17世紀以降、ドラカモラン農園と森林はオルソンから何代にも渡って引き継がれました。ある時は栄え、またある時は朽ちてなくなろうとも、茅葺き屋根の木骨造りの農家だけは変わらず今に残されています。
1997年、現オーナーのインガリル・ソレル〈Ingalill Thorsell〉 が最初に農場に来たとき、彼女はドラカモランにどんな物語が流れてきたのか、何も知りませんでした。空っぽの古びた古民家と厩舎。荒れたヒースの丘と風の谷、ブナの木。そして、息をのむほど神秘的で清らかな静寂……。
ドラカモランは、目が覚めるのを待っていた眠れる森だったのです。

ドラカモランの魔法

スウェーデンの天気は気まぐれだ。晴れていたかと思うと、突然雨が降って、嵐が来たと思ったら、たちまち過ぎ去ってしまう。昔は暴風雨や突風がおこると、風の魔物が踊っている、と噂したそうだ。風の魔物がいたずらに、エステルレーン〈Osterlen〉にやって来たのかもしれない。

激しい雨は止み、しとしとと茅葺き屋根を打つ雨音も聞こえなくなって、やがて時が止まったような静寂(しじま)だけが残った。 黒い雷雲は去り、雲の隙間から白夜の青い光が、今日のわたしの部屋に差し込んだ。
赤いゼラニウムの花が飾られた窓辺。小さな古い木のテーブルには、ロウソクとマッチと大きなドラカモランの本が置かれていた。
ミナ ペルホネン〈minä perhonen〉の皆川明さんの言葉からはじまる美しい本のタイトルは
『THE MAGICAL CUISINE OF DRAKAMÖLLAN』

───この時、わたしは魔法にかかった。

THE MAGICAL CUISINE OF DRAKAMÖLLAN

魔法の料理

ブナの森にまたたく星空。「A place where time has always been」と刻まれた言葉。広大な紫色の花畑の丘の絶景。美しい馬の眼とたてがみ。ドラカモランの四季のうつろいと、魔法のような料理……。
白夜の鈍い光とロウソクの灯の下で、『THE MAGICAL CUISINE OF DRAKAMÖLLAN』のレシピ本を食い入るように読んだ。何度も出てくる〈MAGICAL〉という魔法の言葉。スコーネ地方のエステルレーンの旬の食材をつかった、色鮮やかでアーティスティックな料理の数々。自家菜園の野菜やハーブや果実。きのこ、ベリー、サーモン、ニシン、鶏、ラム、鹿や猪のジビエ、バターやソース、パンや焼き菓子やカルダモンケーキ、クリスマス料理など。英語で書かれたレシピ本でもアートブックのように楽しむことができた。
少ししか訳せなかったけど、古い写真と一緒にドラカモランの歴史もつづってあった。その昔、オルソンという男がこの地にやって来たこと。現在のオーナー・インガリルが20年をかけて、独創的なアイデアで古民家を改築し、スウェーデンで最高のカントリーホテルにしたこと。世界中の音楽家や作家やアーティストたちが、英気を養うためドラカモランを訪れること。
それから、ドラカモランの魔法の料理やエキサイティングな農場の歴史をつづったレシピ本はこれまで何冊も出版され、2012年にスウェーデンの最高の料理本として、スウェーデン出版賞金賞を受賞。2013年はスウェーデンデザイン賞で銀メダルを受賞し、ベストセラーになったこと。

だんだんお腹が空いてきた。外はぼんやり暗く、肌寒く、雨がまた降り出してきたけれど、昔の牛小屋を改築したダイニングの窓からあたたかな明かりがこぼれている。美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。夕食の支度が始まっていた。

この日のディナーは、レシピ本にも出てきた「魔法のアスパラガス」が出てきた。旬のアスパラガスとサーモンのソテー。メインは、ラム肉のローストとにんじんのグリル ワインソースがけ。デザートは、イチゴとルバーブの魔法のソルベ。
とっても美味しかったけど、この日の夕食のことはここには書かない。だって、次の日はもっと素晴らしい魔法の料理が待っていたんだから!

お腹がいっぱいになったあとは、疲れた体をベットにあずけた。
雨が止み、ドラカモランの独特の静けさの中、深い眠りに落ちた。

いのちの朝

やわらかな朝の光の中で目が覚めた。

古いリネンのテーブルクロスをつかった白いカーテンを開けると、飛び込んできた窓の外の景色が違って見えた。
昨日の雷雨で眠っていたドラカモランは息を吹き返したように、みずみずしく輝いている。
森や丘や植物だけではない。朝日を浴びた茅葺き屋根や、煙突や、白亜の壁や、赤い銅の色に染めた柱までも生きているようだった。

17世紀の農家の邸宅や厩舎、古い納屋を改築し、職人たちの手によってつくられた美しいマナーハウス、ドラカモラン〈Drakamöllan Gårdshotell〉。このカントリーホテルには個性豊かな12の部屋があるという。かつては麦の製粉所やベーカリーもここにあったそうだ。
ツゲの木の生垣や石畳の小道がある中庭に出てみると、いろんなものが見えてきた。
西の1棟貸しの古い建物は昔のパン屋さんだったところかな? 今日泊まった東の角の小部屋は、昔の使用人さんのお部屋かもしれない。南の立派な平屋は、ハネムーン・スイート? そんなことを考えていたら楽しくなった。

よく手入れされた庭園には、いろんな鉄のスカラプチャーがあった。そして、昨夜からずっと気になっていた、わたしの部屋の窓から見えていたもの……それはなんと、大きなガラスのそら豆のオブジェだった! ガラスのそら豆は、スコーネのガラス職人 エルナ・ユルムの作品だそう。なんだか愛らしくて、好きになった。
そら豆のガーデンには、スウェーデンの夏至の花、青いゲラニウムが咲いていた。すると、ゲラニウムの花壇の茂みから、黒猫がひょっこり現れた。黒猫は大きなそら豆の裏に隠れて、じっとこちらの様子をうかがっている。黒猫だけど胸やおなかや手足の指先の毛は白い。オーナーが飼っている猫かな? そっと近づいて仲良くなろうと思ったら、ぴょんと塀に飛びのって、すらすらと向こうへ行ってしまった。

ラズベリーのスパイスケーキ

石積みの塀の向こうには、ドラカモランのハーブ園や菜園が広がっている。高くのびる大きな緑の葉とフキのような赤い茎。もうすっかり北欧の夏の野菜、ルバーブのとりこだ。昨日のルバーブジュースやルバーブのソルベ、すっごくおいしかったな。

「God morgon!(グ モロン!おはよう!)」
ドラカモランの若いスタッフが、菜園から朝摘みの野菜やハーブをカゴに入れて戻ってきた。厨房にいた料理人の男性で、スラッとしてハンサムでエプロンがよく似合う。
「今、ラスベリーを摘んできたんだ。食べてみる?」
そういって、5粒あった朝摘みのラスベリーを1粒いただいた。甘酸っぱくて、とってもフレッシュでおいしい!!
ハンサムさんは喜んで、残りの4粒から自分も1粒味わった。顔を見合わせて、「おいしいねー」と合図をした。
すると、颯爽と自転車に乗って女性の料理人のスタッフが通勤してきた。とってもさわやかで明るくて、メガネがよく似合う彼女。
「おはよう。ラスベリー、食べるかい?」 とハンサムさん。
「Tack!(タック!ありがとう!)」といって出勤したてのメガネさんは、3粒あったラスベリーを1粒味わった。
「ベリー、フレッシュ!!」
3人で顔を見合わせて、「おいしいねー」と合図をした。
でも、今日お客さんに出すはずの5粒の朝摘みのラスベリーが、もう2粒しか残っていない……こんなに食べちゃって大丈夫だろうかと、ちょっと心配になっていたら、ハンサムさんが微笑んで言った。

「残りの2粒のラスベリーで、今日きみにケーキを焼くよ。10時のFIKA(フィーカ)に、コーヒーと一緒に部屋に持っていくね。楽しみにしてて」

午前10時、FIKAの時間。
朝摘みのラズベリーを添えてハンサムさんが部屋に持ってきてくれたのは、焼きたてのスパイスケーキ。チョコとナッツのクッキーとコーヒー。
まだあたたかいパウンドケーキのふわふわの生地。カルダモンの香りが口の中いっぱいに広がって、フレッシュなラズベリーの酸味と絶妙にマッチ!スウェーデンでおなじみのチョコクッキーも、マカダミアナッツの香ばしいクッキーも本当においしくて、最高のFIKAのひとときだった。
どれもこれも、こんなに なつかしい味がするのはなぜだろう。

ハネムーン・スイート

スパイスケーキの香りに誘われたのか、ガラスのそら豆のガーデンにまたあの黒猫がやって来た。今度こそ仲良くなろうと思って、「ニャーニャー」猫の鳴き声で近づいたら、今度は逃げなかった。ゴロンと寝転んだり、背伸びをしたり、鼻の先で匂いをかいできた。
母屋の向かいにある切妻屋根の細長い平屋は、宿の中で一番古い17世紀の農家の邸宅だそう。白亜の壁には印象的な格子柄の赤いペイントがほどこされていて、正面には重厚な古い木の扉がある。重々しい扉は、猫一匹通れるほどの隙間が開いていて、黒猫はその隙間からスーッと邸宅の中にもぐり込んだ。
「いいものを見せてあげる」
黒猫は手招きするように扉の隙間から顔を出して、わたしを誘う。
「おいでよ」と言うから、黒猫についていった。

17世紀の農家のファームハウスをリノベーションした、ドラカモランのハネムーン・スイート。花嫁と花婿は丘の上で結婚式を挙げて、そのあとスイートルームや中庭でブライダルパーティーが開かれる。
中世の趣が残るハネムーン・スイート。花嫁と花婿のリビングには、ロマンティックな白のアンティーク家具やソファ。花模様の壁には、ドラカモランの自然保護区に生息する野鳥の絵が飾られていた。中央の広いダイニングルームにはグランドピアノと、「パラソルの下の鳥」をモチーフにした18世紀のタイル張りの暖炉。南のプライベートガーデンには緑に包まれた、ふたりだけのドーム型のガゼボがある。生垣のまわりにはブラックベリーが実っていた。

黒猫はダイニングルームの暖炉の奥にある小さなキッチンを通って、南の角部屋のゲストルームへ。
「ここが わたしの部屋だよ」というような顔で、
ふかふかのベッドの上に飛びのって、丸くなって、すやすや眠ってしまった。
今日は誰もいないハネムーン・スイート。黒猫も淡い夢を見ているのだろう。

ブナの木のオブジェ

「コ」の字型の母屋とつながった切妻屋根の棟は昔の牛小屋。今はドラカモランの食堂になっている。
吹き抜けのダイニングルームで、インガリルの友人の大家族に出会った。毎年、夏至が近づく夏休みに家族や親戚が集まって、ドラカモランに滞在するそうだ。日本からひとりで来た観光客がとても珍しかったからか、やさしく話しかけてくれて、ドラカモランのことを色々教えてもらった。
エステルレーンの東の砂浜やバルト海がとても美しいこと。国立公園になっているドラカモランの自然保護区にはハイキングコースがあって、自然散策ができること。運が良ければ、めずらしい野鳥を見つけたり、丘に放牧された、たくさんの馬に出会えること。
蝶のイラストでポイントが記されたバタフライトレイルの地図をもらったから、午後は自然保護区の中のハイキングコースを歩いてみることにした。

吹き抜けのダイニングに光が差し込むと、切妻にかかる梁や、白い暖炉が浮かび上がってくる。牛小屋だった厩舎をダイニングルームに改築するとき、インガリルは大きな暖炉が空間の中心にあるようにデザインしたという。
いつの時代も、燃える火の美しさに 人は魅了されるからだ。

白い暖炉には、ドラカモランの森の象徴、ブナの木の鉄のオブジェ。
このあと わたしは、あの「木」に出会った。

黒ラブのオバマ

大家族とお別れをしたあと、ドラカモランの裏山を通って、自然保護区〈Drakamöllan Naturreservat〉の森へハイキングに出かけることにした。宿の裏で、黒のラブラドールに出会った。インガリルの愛犬「オバマ」だ!(オバマがアメリカ大統領だった時に愛犬に出会ったから、その名がついたそう)
わたしも「イングマル」という名のホワイトイエローのラブラドールを飼っていたから、ラブは可愛くてしかたない。オバマは賢くて優しい犬だ。
「オバマ!」
遠くのかけ声を聞いたオバマは、ものすごい勢いで飼い主の元へ駆けていった。インガリルとの散歩の時間だ。散歩はいつも、自然保護区のヒースの丘を歩くそう。

わたしはヒースの丘のことをよく知らなかった。遠くから見ると、わずかな植物しか育たない、はげ山のように荒れた丘。むかしむかし、オルソンという男がこの地を訪れた時、それは荒野に見えたことだろう。

黒ラブのオバマのあとを追いかけて、ブナの森へ入っていった。
急に風が強くなって、木々がざわめきはじめた。

オバマはもう、ずっと先に行ってしまった……
ここから先は、荒野。


後編へつづく →

Drakamöllan Gårdshotell

Osterlen, Skåne|Sweden

ドラカモラン

アクセス
コペンハーゲン・カストラップ空港から
ドラカモランのホテルまでは
電車とバスで約2時間半。
イースタ〈Ystad〉駅からバスで北東へ約50分。

(※詳しいアクセスは「後編」の最後に記載)

Drakamöllan Gårdshotell
drakamollan.com

Drakamöllan 2

スコーネの夢の宿
美しきドラカモラン
- 後編 -

南スウェーデン・スコーネの旅


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