
カステレット要塞から歩いて向かった先は、デンマーク工芸博物館。ここは「工芸博物館」という固い名前からは想像できないほど、美しい中庭の広がるアート・ミュージアム。
ハンス・J・ウェグナー (Hans Jørgensen Wegner)やフィン・ユール(Finn Juhl)の椅子が並び、アルネ・ヤコブセン(Arne Jacobsen)、ポール・ヘニングセン(Poul Henningsen)、ヴェルナー・パントン(Verner Panton)といったデザイナー別の小部屋には、巨匠たちの名作家具が展示されています。
世界のプロダクトデザインとともに、中世から現代へ、デンマーク・デザインの歴史をひも解きます。
【追記】
※
現在は「工芸博物館」ではなく、デザインミュージアム・デンマーク(Designmuseum Danmark)
□写真左/ ヴェルナー・パントンが地球という名前をつけた明かり「グローブ」
工芸博物館(Kunstindustrimuseet)は、18世紀にフレデリクス王立病院として建てられたロココ調の建築を、1926年にデンマーク近代家具デザインの父コーア・クリント(Kaare Klint)がリノベーション。美しい回廊式の博物館に生まれ変わりました。アルネ・ヤコブセン、ハンス・J・ウェグナー、フィン・ユール、ヴェルナー・パントン、ポール・ヘニングセンなどデンマークが誇る巨匠たちの作品がずらりと並ぶ展示スペースは、中庭を囲む回廊となっていて、ぐるりと1週すると中世から現代までのデンマーク・デザインの歴史を学ぶことができます。北欧デザインやデザイナーズチェアに興味がある人なら、ここを素通りするわけには行きません!
デンマーク・デザインは、昔からあるものにヒントを得て、新しいものを生み出すという伝統があるそうです。スカンジナビアン・デザインだけでなく、中国の王朝時代の家具や、16〜19世紀のルネッサンスからバロック、ロココ調へと移り変わっていったヨーロッパ家具、そして日本の工芸品も、デンマークの巨匠たちに大きな影響を与えたといわれています。以前、何かの雑誌に日本の「桶」や「わっぱ」が紹介されていて、つなぎ目のない和の工芸品を見て北欧の職人たちがびっくりしたというエピソードがつづられていました。伝統は国の歴史から生まれるものですが、カタチあるデザインは、人の歴史から生まれるものです。遠い北欧の家具に憧れ、不思議と親しみをおぼえるのも、そのルーツが自分たちの身近にあるからかもしれません。
工芸博物館の中庭は開放的で、とても美しい。デンマークの人たちは、天気のいい日は外でランチやティータイムを楽しむそう。この中庭が、ランチタイムにいっぱいになるのがよくわかります。日本の美術館や文化施設のカフェは、軽食しかなかったり、高級レストランで入りにくかったりと、なかなか記憶に残るような店に出会えない。でも、ロココ調の建物に囲まれた、木々の緑がまぶしいこの中庭のようなカフェだったら、一度訪れたら一生忘れません。文化と自然とティータイムが、ひとつに調和する素晴らしさ。こういう空間の大切さ。日本ももっと考えてほしいな。町の美術館や博物館、文化会館や図書館にこんなスペースがあったら、出かけるのがどんなに楽しみなことか。ふつうの人びとの日々の暮らしの中に、中庭へつづく入口をつくってほしい。
回廊式の展示スペースは、時代やデザイナーなどのテーマ別、ポップやスタンダードといったジャンル別の展示に分けられていて、とても見やすいです。そして展示品には、解説のパネルや柵が一切ありません。この博物館のテーマは、「ある分野に通じた人だけでなく、誰にでもわかりやすくデザインを伝えること」。クオリティの高い作品を間近で見ることのできる喜び。デザインを学ぶことの楽しさがあふれてきます。
アルネ・ヤコブセンの世界では、ムンケゴー小学校のためにデザインした生徒の机と椅子、モスキートチェア(Chair 3105)が印象的でした。ポール・ヘニングセンの世界では、照明だけでなく、ピアノと椅子のデザインも手がけていることに驚きました。
中庭の真ん中には、ぐねぐねとうねりのある面白い劇場があって、夏はここで演劇やコンサートが行われるそうです。舞台袖や奥行きの狭いステージで、高低差をつくり、空間に広がりを持たせるステージのうねりは、デザインの斬新さだけでなく機能的。
工芸博物館のミュージアムショップもおすすめ。デンマーク・デザインの書籍から陶器やテキスタイル、ここでしか手に入らないヤコブセンのミニチュア・チェアまで、グッズもいろいろ。
人気のミュージアムカフェは、ウェグナーのPP-701アームチェアやルイス・ポールセンの照明が光る贅沢な空間。中庭のオープンテラスもいいけど、ゆったりした雰囲気の館内のカフェもGood! 黒板に「TODAY'S LUNCH」のメニューが書いてあって、女性スタッフに「おすすめは何?」と聞いたら、「そうね、私は2番が好き」というので迷わず注文。パンケーキのように丸いオムレツが出てきました! 味はタコス風でピリリと辛く、チーズのコクと風味がきいてました。帰国後にセキユリヲさんの『サルビア北欧日記』を読み返したら、それがメキシカンオムレツだとわかりました。おいしいランチと、ウェグナーの椅子と、窓から見える緑の中庭。いつまでもひたっていたい至福のひとときでした。
Designmuseum Danmark
旧工芸博物館(Kunstindustrimuseet)。デンマーク工芸の変遷を辿ることができる博物館。
http://designmuseum.dk